「コミュニケーションが重要」とは?
「コミュニケーションが重要だ」とよく言われますが、なぜ重要なのか。マシュー・サイドの『多様性の科学』を手がかりに、雰囲気づくりから複数の視点を踏まえた結論に至るまでの順番を整理し、経営判断に会計の視点を足す意味を考えます。
「コミュニケーションが重要だ」って、いろんなところで言われますよね。
経営の本にも書いてあるし、研修でも言われるし、社内の目標に掲げている会社もあると思います。
ただ、じゃあなぜ重要なんですか、と聞かれると、意外と困りませんか。
私も自分に聞いてみたんですが、出てきたのは「話しやすくなって仕事が進めやすくなるから」くらいのものでした。間違ってはいないんでしょうけど、それ以上のことが何も言えない。
そんなときに読んだのがマシュー・サイドの『多様性の科学』でした。この本が、私のふわっとした答えに、けっこう具体的な中身を入れてくれたので、その話を書きます。
副操縦士は、なぜ黙ってしまったのか
この本には航空機の事故分析がいくつも出てきます。
その中で印象に残ったのが、副操縦士が機長に必要な進言をしなかったために、防げたはずの墜落に至ったという事例です。
ここが重要なんですが、副操縦士に知識がなかったわけじゃないんです。異常にはちゃんと気づいていた。それでも、機長に対して強く言うことができなかった。
しかも本の中では、これが航空業界だけの話ではないと書かれています。医療の現場でも、同じ構造の分析結果が出ているそうです。専門も業界もまるで違うのに、人間の心理が同じなので、同じことが起きてしまう。
で、ここを読んだときに、思い当たる場面がある人はけっこう多いんじゃないかと思いました。
- 会議で「それは違うのでは」と思ったけど、空気を読んで言わなかった
- 上司の方針に疑問はあったけど、わざわざ指摘するほどでもない気がして飲み込んだ
- 問題が起きているのは分かっていたけど、報告のタイミングを逃して、結局あとから大事になった
- 悪い数字を報告するとき、なんとなく言い回しをやわらかくしていた
会社員をやったことがある人なら、一つくらいは覚えがあると思います。そして経営者の立場から見ると、これは「いま自分の会社で起きているかもしれないこと」でもあります。
似た人が集まると、意外と何も見えていない
もう一つ、この本に出てくる図の話が面白かったです。
問題というものを「面」だと考えると、一人の人間の知識はその一部分しかカバーできません。

ここまではまあ当たり前なんですが、問題はその先です。似たような経歴、似たような発想の人ばかりを集めると、それぞれの知識が重なってしまって、集団全体でカバーできる範囲がほとんど広がらないんです。

本の中では、これをクローン集団と呼んでいます。
厄介なのは、この状態がすごく居心地がいいということです。話が通じるし、前提の説明もいらないし、決めるのも速い。しかも一人ひとりは優秀だったりするので、問題があるようには見えないんですよね。
でも、見えていない部分は、全員に等しく見えていません。だから誰も指摘できない。
自分と価値観の近い人を採用して、気心の知れたメンバーで経営会議を回している。心当たりがあるとしたら、居心地の良さと引き換えに、死角をそのまま残しているかもしれません。
変化が速いときほど、上下関係が邪魔をする
この本には登山の話も出てきます。
山の天気は変わりやすくて、足場は不安定で、どれだけ準備しても予想外のことが起きる。変動的で、不確実で、複雑で、曖昧。いわゆるVUCAというやつです。
こういう環境だと、一人の目に見えるものには限界があります。同じ山を登っていても、立っている場所が違えば見えているものが違うからです。
なので、チームで情報や視点を共有できるかどうかが効いてくる。逆に言うと、どれだけいい情報を持っている人がいても、それが共有されなければ、ないのと同じです。
そして本の中では、人間には序列をつくる性質がかなり根深くあると書かれています。放っておけば、上下関係は勝手にできあがるということですね。
経営環境も、まあVUCAです。市場も制度も人の流動性も、数年前の前提がそのまま通用するとは限りません。
そういう状況で「社長がそう言ってるから」という空気が強い会社は、現場で起きている変化の兆しが上に届かなくなります。
序列があること自体が悪いんじゃなくて、序列が情報の流れを止めてしまうのが問題なんだと思います。
違う意見は、正しいから価値があるわけじゃない
これは個人的にいちばん刺さった部分なんですが。
画一的な集団は、同じところで立ち往生しがちだそうです。そこに違う角度からの意見が入ると、新しい発想が出てくる。
で、ここが面白いんですが、その少数意見が正しいかどうかは重要じゃないんです。たとえ間違っていても、それが集団の視野を広げるきっかけになって、結果的にいい解決策につながる。
「あの人の意見は的外れだから聞かなくていい」と切り捨てるとき、私たちは正しさだけを基準にしています。でも本当に失っているのは、その意見が引き起こしたかもしれない議論のほうかもしれない、ということですね。
あと本の中には、複雑な問題は複雑なまま扱わないといけない、という話も出てきます。単純化して分かりやすい答えに飛びつくと、判断は速くなるけど正確にはならない。これも耳が痛い話でした。
で、結局どういうことか
ここまで整理して、最初の問いに戻ります。
コミュニケーションが重要というと、たいてい「話しやすい雰囲気をつくろう」という話になります。私も最初はそう思っていました。
でも、これは手段のほうなんですよね。
話しやすい雰囲気があると、心理的安全性が高まります。心理的安全性というのは、こんなことを言ったら評価が下がるんじゃないか、みたいな不安なく発言できる状態のことです。
それが確保されると、意見が出るようになる。反対意見も、まだ整理しきれていない違和感も、言えるようになります。
そして意見が出てくると、はじめて複数の視点を踏まえた答えにたどり着ける。
つまりこういう順番です。
- 話しやすい雰囲気をつくる
- 心理的安全性が上がる
- 意見が活発に出る
- 複数の視点を踏まえた結論が出せる
最後のこれが目的です。
冒頭で私が言っていた「話しやすくなって仕事が進めやすくなる」というのは、この一段目で止まっていたわけですね。手段を目的だと思っていたので、それ以上の説明ができなかったんだと思います。
人は自分に見えているものを世界のすべてだと思ってしまうし、しかも見えていないことには気づけません。だから、意図的に他人の視点を取りにいく必要がある。雰囲気づくりは、そのための入口ということです。
余談
私は、本当に大事な決断の前には必ず家族に相談することにしています。忖度も遠慮もゼロの意見が返ってくるので、多様性という意味ではこれ以上の相談相手はいないかもしれません。
経営判断に、会計という視点を足してみる
ここからは仕事の話です。
大きな判断をするとき、多くの経営者の方は複数の視点を確保しようとしていると思います。法務の視点、労務の視点、営業や現場の視点。それぞれ専門の人に聞いている方も多いはずです。
そこに、会計(財務・税務・経理)の視点を意図的に足してみるのはどうでしょう、というのが今回の提案です。
同じ判断でも、会計の角度から見ると景色が変わることがあります。
- 事業拡大のタイミング … 営業の感覚では今すぐ行くべきでも、資金繰りの推移を見ると半年ずらしたほうがいい、ということはよくあります
- 節税と金融機関の評価 … 節税として有利に見える選択が、金融機関からの評価という点では逆に働くこともあります。決算書は税務署だけが見るものではないので
- 新規事業の採算 … 赤字だと思っていたら、共通費の配賦を見直すと実は黒字だった、という話も珍しくありません
- 法人化・組織再編のタイミング … 税負担だけで判断すると、管理コストの増加を見落としがちです
これらは、経営者の判断が間違っているという話ではまったくありません。ただ、その角度からまだ光が当たっていなかった、というだけの話です。
税理士というと、申告書をつくる人、税金を計算する人というイメージが強いかもしれません。実際そういう仕事も多いです。
ただ本来は、経営判断に対して会計という別の角度を持ち込める立場でもあると思っています。
自社の意思決定が、いつも同じメンバー、同じ視点で完結していないか。もしそう感じる場面があるなら、その輪に会計の視点を一つ足してみるのは、思っているより効くかもしれません。